JAICAFは農林業で活動しているNGOを支援しています。今回はインドネシア国北スマトラ州ブラスタギの「アジア農民共に生きる会」を訪ねました。この会は、帰農志塾戸松正塾長らが中心となって設立されたNGOです。「身近な資材を用い、零細農民でも実行できる人力中心の野菜栽培。技術面の指導に止まらず、環境に対する意識の向上、自給の大切さなど有機農業のもたらす総合的な利点を体得することにより農民の自立・自治」に協力することを目的としています。活動拠点のブラスタギは州都メダン市の南、約70km、活火山シバヤク山の山麓、標高1300〜1400mに肥沃な土壌が広がる高原です。先の地震で大きな被害のあったアチェ州のバンダアチェは、メダンから飛行機で約1時間かかる北端の位置にあり、北スマトラ州は幸い震源地からかなり離れていたので被害は無かったそうです。
ブラスタギは赤道に近いのですが、高原のため気温は冷涼です。年間を通して変化が少なく、乾期にも適当に降雨があるので野菜栽培には絶好の立地条件となっています。そのため古くから東南アジア有数の野菜産地として知られ、ジャワ島、マレーシア、シンガポールへ輸出されていました。
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ブラスタギ中心街 〉 |
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ブラスタギの仲卸市場 〉 〈
ブラスタギの小売市場 〉
ところが農薬を多用していたためブラスタギ産の野菜は安全性が疑われて輸出が出来なくなりました。はたして正確な残留農薬の検定が実施されたのかどうか分かりませんが、一度受けた風評をうち消して信頼を取り戻すのは容易ではないようです。この地域はコーヒーの産地でもあるのですが、世界市場の価格の低迷による減収とも重なり農家は非常に苦しい状態におかれています。住民はKaro族が主流ですが、他の先住小数民族、中国系と人種構成は多様です。土地を所有し土地無し農民等を雇用して大規模農業を営む富裕層と、零細農民とに二極化しているようです。この地域の宗教はキリスト教で教会が多く、モスクはほとんど見られません。因みにインドネシアのキリスト教徒は2,000万人と言われていますが、人口2億人を越す大国インドネシアでは少数派だそうです。
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〈カロ族の伝統的民家〉 |
〈活動状況〉
アジア農民共に生きる会は2001年、アジア学院で有機農業を学んだウエスリーさんが主催するRural Development Action(略称RDA 写真A
,B参照)に1名を派遣して有機野菜栽培の指導を開始しました。RDAは、ブラスタギから車で約3時間西へ入り、さらに山道を徒歩で30分ほど登ったところにあります。農場は中央が養魚池、周囲は傾斜面の畑地になっています。ここに果樹と野菜を作り、高いところに豚舎と養鶏場があります。他に水稲も栽培しています。飼料は総て有機農法で栽培し、豚糞と鶏糞は、魚の餌とボカシ肥料に用います。ウエスリーさんは、自分たちの子孫の健康を考え安全な食糧を生産するために、有機農法により資源を循環して利用することが重要だとし、共感する村の若者5名を指導しながら農場を経営しています。
〈Rural Development Action (RDA) 写真A
: 右端がウエスリーさん。左の二人は春休みを
利用してブラスタギの農場でボランティアをしている東京農業大学の学生〉 |
〈Rural Development Action (RDA) 写真B
: ブタは中国系住民、キリスト教徒が多いので飼育できる。〉 |
同会はRDAに協力して活動を開始したのですが、最近外国人に対する査証(ビザ)の発行が厳しくなりRDAでは長期ビザは取得できないことが分かりました。そこでビザが受けられるブラスタギにある国立果樹試験場内の圃場を借りることとなりました。
現在、当協会の専門家派遣支援事業費を利用して屋後浩幸さんが長期専門家として活躍中です。会の趣旨に賛同するインドネシア人の研修生と有機農法による野菜栽培を実施しています。ところがこの地の住民は、中国系を除いて元々野菜を食べる習慣がない所でした。前に述べましたように自分が食べないからという訳でもないでしょうが、農薬はかなり乱用されているようです。食品の安全性に対する認識が低く、消費者の野菜への評価は、まず見た目がきれいなことと値段の安いことだそうです。そのため屋後さん達は農場の生産物の販売に大変苦労をしています。最近中国系住民あるいはホテル、レストランで有機野菜の価値を理解して定期的に購入してくれるところができてきたとのことです。まだ採算が合うまでの目標値には達しませんが、前途に希望が出てきました。 メダンのスーパーには有機栽培と称する野菜が売られていました。ただし、インドネシアには認証制度がないので中身の保証はありません。屋後さん達の農場の生産物は消費者の信頼が非常に高いそうです。それは理解者を増やすためになされている種々の努力、圃場の実地見学会、講演会などの活動もさることながら、何よりも屋後さんが研修生と寝食を共にして指導している日常の活動によるところが大きいと感じました。(ただし、報告者は有機農業一般についてのことでもありますが、有機農法による農産物と化学肥料、農薬を使用して得られたものの成分がどのように異なるのか、科学的分析データを示せば、より広範な人々の理解を得易すいのではないかと思います。) |
〈屋後浩幸さん(右)と筆者〉
〈ブラスタギの圃場〉
雑草と共生するとアブラムシの害を受けない。
〈ブラスタギの圃場 マルチ栽培〉
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将来、土地の人が健康のためにもっと野菜を食べるようになり、しかも食品の安全性への要求が高まり、さらに海外市場の信用も得て輸出出来るようになるまでには、未だ時間がかかると思われます。しかし、同会本部の事業に対する情熱は高く支援体制はしっかりしているので、着実に根を下ろしていくと見受けられました。また、このような困難な活動に身を投じた青年がいることに感銘を受けました。
(スマトラは昨年末から地震、津波、火山の噴火と大きな自然災害に見舞われました。犠牲になられた方々のご冥福を謹んでお祈り申し上げます。)
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