フィリピン・ネグロス島におけるOISCAの養蚕普及事業


 AICAFは開発途上国など、海外諸国に対する農林業協力を円滑に推進するため、情報収集や調査研究を行っている。NGOが行う海外農林業への協力・支援もAICAFの任務となっている。今回NGO機関の一つであるOISCAがフィリピン・ネグロス島で実施している養蚕普及のプロジェクトについて、NGO支援に必要な資料を提供し、今後の業務推進に資するための調査を行った。これはその調査結果の概要である。

 

 ネグロス島はさとうきびの島と呼ばれ、さとうきび栽培が農業の基幹となっている。しかし世界的な砂糖需要の低迷とそのための価格の低下により、同島の農民(アシエンダと呼ばれる大農園に雇われている小作農民)の生活は苦しくなるばかりであった。また、彼らは農地改革によって耕作権を与えられても、作物栽培のノウハウを持たないので、結局さとうきび農園の小作人に舞い戻るような事態もまれではなかった。

 かつてはかなりの規模で行われていたフィリピンの養蚕は、徐々に衰退して近年ではほとんど行われなくなったため、ネグロス島の西隣にあるパナイ島の絹織物産業で使われる繭は中国やインドからの輸入に頼るのが20年前の状況であった。

 ネグロス島の地形は海岸付近の低地から、海抜2,000メートルに達する高地まであり、仔細に見れば地域による気候の違いがあるものの、一般的に乾季にも適度の降雨があり、さらに湧水や河川水を利用した灌漑施設もフィリピンの各島の中では整備されている方である。したがって、桑は休眠がなく年中葉の収穫ができる状況であり、蚕の飼育も通年できるという恵まれた環境にあるが、農民は養蚕の知識も技術も持っていなかった。

 

 OISCAでは養蚕振興が中山間地農民は言うに及ばず平坦地でもネグロス島民の生活向上に役立つのではないかと考え、そのためのプロジェクトを1989年に開始した。まず、さとうきび生産でも条件の不利な中山間地域における桑園作りから事業を開始し、その後蚕の試験飼育が行

われた。

 1995年からは農家による養蚕も行われるようになり、2003年12月現在でネグロス島内189戸の農家で繭が生産されるようになった。農家への技術普及はOISCAバゴ研修所の渡邉重美所長と養蚕担当の通次弘之団員の指導を中心に行われたが,同時にOISCA研修センターから日本に技術習得のために派遣された研修員、あるいは日本から派遣された技術者の努力の成果でもある。  

〈 桑 畑 〉

 199612月には史上初めて乾繭1.2tが日本に輸出されたが、ネグロスの養蚕業を発展させるためには繭の生産にとどまらず、生糸生産さらには最終製品である絹織物までを作り上げることが望ましい。日本は産業としての生糸生産から撤退しつつある状況で、府県の養蚕関係の研究所、試験場はもとより、企業で使われていた製糸用機械が使われないままに放置されかねない状態であった。OISCAでは外務省、日本国際協力財団等の支援を受けて県の蚕糸関係試験場や製糸業から撤退した企業から中古の機械を譲り受け、バゴ研修所内に設置された「ネグロス養蚕センター」で組み立て、整備を行うことになった。個々の機器の組み立て、調整はかつて日本の製糸産業を支えていたトップクラス技術者によって行われ、199812月に機械が稼動を開始した。センターのボイラー、煮繭機、乾燥機、製糸機の操作は事前に日本の製糸工場で研修を受けた研修生OBが担当し、19992月には初めて生糸を生産することができた。

 200012月からJICANGOとの開発パートナー事業が開始され、専門家の派遣、繭生産の要となる桑園整備、稚蚕所、壮蚕所、研修施設の建設等の整備が行われたが、特にボイラー、乾燥機、繰糸機等の製糸機械を収容する建物はこの事業により増改築され、これによって稼働能力が2倍になったという。生糸から絹製品への加工はネグロス島の西隣にあるパナイ島のアクランなどで行われているが、現在ではそこで使用される生糸の80%以上をネグロスの生糸でまかなえるようにまでなっている。

 

〈サンカルロスの養蚕農家〉

 今回の調査ではバゴ、サンカルロス、カンラオンの養蚕農家を訪れて桑畑、蚕の飼育現場を見たが、例えば前夜は夜中の12時に起きて給桑したこと、若干の利益が出るようになったこと、現在親戚から借りている蚕の飼育施設を自分のものにして規模拡大を図りたいなど、農民は蚕飼育の苦労とともに養蚕の現状と将来についていろいろと語ってくれた。 

 ネグロス島における養蚕の利点は前述の通りであるが、障害としては湿度が高く蚕の病気を防ぐ必要のあること、標高の高い地域では蚕の成長に影響が出るほど低温になることがあること、蟻による被害に注意しなければならないこと、雑草が桑の生長に影響することなどが挙げられる。高湿度には石灰を多用して防ぐこと、温度管理には蚕室の周囲をプラスチックシートでカバーすること、蟻や雑草については場合によって殺蟻剤や除草剤を使う場合もあるということであった。

〈バゴ研修所を訪れた幼稚園生〉

  

 現在バゴの養蚕普及センターでは繭から生糸までは生産しているが、絹織物までは手がまわっていない。西ネグロス州は地場産業として養蚕を重要視しており、将来はOISCAの活動として絹織物まで生産する計画もある。手始めに西ネグロス州はバゴ研修センターの敷地内に繭を用いた装飾品、玩具から絹製品に至るまで養蚕によって得られる製品を展示するための建物を建築中であった。繭を用いた装飾品はバゴ研修センターでも小規模ながら作られているが、絹織物の生産はパナイ島の業者によって行われている。フィリピンの民族衣装であるバロンタガログの素材の一部として絹を用いた製品もそこで試験的に作られているが、近い将来に蚕の飼育から最終製品の絹織物まで、ネグロス島で一貫生産される日が来るのではないかと大いなる期待を描いてネグロス島を後にした。

〈クズ繭やクズ糸を利用して装飾品、造花を製作〉

  〈OISCA養蚕事業による製品・生糸とバロンタガログ用
    の絹織物〉

 <今回の調査で訪問したプロジェクトサイト等>

 200438

 200439

 2004310

    〜311

 

 

 

 

 

 2004312

 2004313

OISCAフィリピン本部所

マニラ → ネグロス島バコロド西ネグロス州

OISCAバゴ研修センター所(所長及び養蚕担当専門家)

バコロド近郊養蚕農家       

サンカルロス養蚕普及指導所    

サンカルロス養蚕農家       

OISCAカンラオン研修所        

Green Heights Agricultural Corporation

カンラオン養蚕農家

OISCAバゴ研修センター 補足調査

NGOフェスティバル  場所:マニラ市イントラムロス地区

日比ビジネスクラブ主催・フィリピン観光省後援

OISCA他援助活動を行っているNGO等のPRと成果の展示、産品の販売を実施。OISCAブースでは養蚕プロジェクトおよび他のプロジェクトの紹介と産品販売が行われていた。

 調査団員 風野 光 AICAF 技術参与

        朝倉英之 AICAF 登録専門家